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平成23年8月23日。ゆうが、死んだ。
最後に食べたのは、KRAFTのチーズ。食べたというよりは、口のなかに押し込まれた。前々日の日曜日から、まったく食べ物を受けつけられなかったのに、泣きながら無理やりチーズを乗せた指を差し出す人間に辟易したかのように、ほんの少し。ふかふかした毛深いからだは丸くなれずに、見開いた眼と飛び出した舌は安らかではなかったのだろう最期を思わせた。いつも桃色に艶めく鼻が黒ずんで、がさがさになった肉球があった。人間のからだのなかに、こんなにも水があるのかと、驚くほど泣いた。 生きているものは死ぬ。けれど、どこかで、ゆうは死なないかもしれないと思っていたが、そんなことはなかった。
彼女は南へ旅立つ。
"water is wide"。この唄は、柔らかい。そう、柔らかいものは、いつか、頑ななものをつつむ。 水は、大きすぎて深い。なんだかこの頃は、いつだって水辺の近くでは、いたたまれない。 谷川俊太郎さんの『私の胸は小さすぎる』という詩集。その言葉の鋭さと冷たさは、ぐるりとまわると柔らかい。 小さすぎるものと大きすぎるものは、どこか似ているってことなのだろうか。そんなことを考える。 "A ship there is and she sails the sea, She's loaded deep as deep can be" 深すぎて渡れないと思ったり、漕ぎ出したり。人間は柔らかくて気紛れだ。
向田邦子のエッセイのどこかに「『君はまだ若いね。旅行でも恋愛でも反芻するが楽しいんだよ』と言われ…」というのがあったことを思い出す。「思い出は老人のキャラメル」とは誰の言葉だったか。そんなわけで、旅の記憶を反芻中。インドネシアは愛しい国だ。出会った人と食べ物の記憶で、どうやら旅した国の印象は決まる。
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自分の手足に触ると、ぴとぴと、とする。そのくらいの重苦しい湿気。じっとりとした夜気、そう、この夜の湿った空気。昼よりも、息苦しい、この想いをどうすればいいのか、わからない、どうしようもない熱気。
サンダル履きでぴらぴらした服でだらだら過ごす以外ない。長い夜。楽しむための夜、ただそれだけの夜。 ![]()
新明解国語辞典<第6版>によれば、【愛(あい)】とは→「個人の立場や利害にとらわれず、広く身の回りのものすべての存在価値を認め、最大限に尊重して行きたいと願う、人間本来の暖かな心情」。
…この言葉に相当する古くから存在する日本の言葉はなんだろう。 …「愛している」といえば気恥ずかしいが、「愛しい」といえば、ややすこし、しっくりくる。男女間の告白でも「好きだ」と言うのは常套のようだが、「愛している」という言葉は、どのくらいの人が使うのだろう。 日本語というのは、とことんシャイにできているのだろうか。男女を問わず、そして恋人でなくとも、会えて嬉しい!と思う人に「会えて嬉しい!!」と伝えれば、親しい友人同士では当たり前のことでも、まだ日の浅い付き合いの人間には変わり者扱いされることもある。喜びや嬉しい気持ちを伝え合うことに不慣れな民族なのだろうかと、そんな時にはふと、思うが、こちらはこちらのやりかたを変える気もない。 私の愛しい人々には、いつでも「愛している」と、伝えていくだけの日々なのだ。
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